平和中央公園の動植物調査:博物館の内外の学びを実現するために【学芸員自然と歴史のたより】

 博物館は地域の様々な「お宝」を資料として収集し、それらを保管するとともに価値を明らかにし、テーマに沿って選んだ資料を展示します。「博物館は地域のあらゆる『お宝』を集約する施設」とも言えます。一方、博物館では収集できない「お宝」(遺跡や名勝や生息地などの場所、石碑や建物など大型の資料、他の機関・団体や個人が所有する資料、など)は、それぞれの場所で保存・公開され、時には博物館資料も含め文化財に指定されます。当博物館でも植生や景観を保全する馬堀・天神島の両自然教育園、スチームハンマーを保管するヴェルニー記念館などを本館とは別の付属施設として管理していますが、そうした付属施設にある集約できない自然や歴史の「お宝」は、本館でも常設展示で紹介するとともに観察会などで体験していただく機会を設けています。横須賀や三浦半島には、他にも博物館が収集・管理していない「お宝」が数多くありますが、当博物館にはそうした各地の「お宝」の存在や価値を明らかにし、展示や観察会をとおして多くの人に伝える役割がある、と私は考えます。博物館がこのような役割を担う先には、博物館を利用する人たちにとって、館内で集約された資料をとおした学びと館外各地で資料と出会う学びとの両方が約束されることでしょう。

 私は昆虫担当学芸員として、地域の昆虫の特徴と変遷をとおした横須賀・三浦半島の自然史を分かりやすく伝える仕事に取り組んでいます。現在も常設展示には400種を超える多くの昆虫標本が展示され(図1)、その大部分を掲載した解説書『身近な昆虫365』を刊行し、その挿絵に使われている生態写真を展示にも使用しています。一方で、こうした標本や生態写真は、地域の昆虫たちの顔ぶれ(昆虫相)の一部であり、生物としてみても一部の状態・場面を切り取ったに過ぎません。「基礎から学ぼう昆虫学」をはじめとした講座や観察会は、展示されている標本や生態写真では伝わらない昆虫たちの生態や多様性を体験していただく機会として企画していますが、もっと多く、より気軽に体験していただく上で、博物館の周辺に生息する昆虫の存在と出会いの仕掛けの双方が欠かせません。つまり、昆虫についても、博物館の周辺に生息環境があることは、前述した「博物館の内外の学びが約束された」状態でもあるのです。

 

図1:当博物館の「昆虫」コーナー(写真の両側のケース).400種以上の昆虫標本・写真が展示されている.

 

 当博物館の周辺を囲むように広がる平和中央公園は、博物館の自然館と同じ1970年に開園しました。再整備を経て2021年4月にリニューアルオープンするまでは「中央公園」という名称で、およそ半世紀にわたり親しまれてきました。この公園はもともと旧日本陸軍の米ヶ濱砲台や同軍築城部横須賀支部があった場所で、地元の方々には「砲台山」と呼ばれていました(図2)。戦後に国有地を経て、1960年代に隣接する場所に文化会館が建設される際、この場所一帯を総合的な文化センターにする構想(※1)のもと、中央公園建設と当時久里浜にあった「横須賀市博物館」の新館(自然館)移転が進められ、1970年の開園・開館に至りました。当博物館はこのとき「博物館の周辺に昆虫の生息環境がある」という状況になったのですが、中央公園での昆虫の学びの機会はほとんど設けられていませんでした。その理由を3つ挙げるとすれば、①相次いで開園した自然教育園(馬堀:1959年、天神島:1966年)の調査や観察会を優先した、②水辺や海岸の要素を欠くなど自然教育園に比べ中央公園の自然の魅力が乏しかった、③横須賀・三浦半島の各地にまだ豊かな自然があった、といったことが考えられます。しかし、この半世紀で私たちは③の理由について大きな変化を経験しました。これにより、喜ばしいことではないのですが、②に挙げた公園の価値が相対的に高まったと考えることができます。

 

図2:平和中央公園周辺の共用柱.写真上部,通信会社管理の札には「砲台」の文字が見える.

 

 平和中央公園へのリニューアルを機に始めた園内の動植物調査は、「博物館の内外の学びを約束」するための第一歩として行った2021年度企画展示「中央公園ものがたり」に続く取組みです。企画展示(図3)では、リニューアルに至る同園のあゆみを当館の沿革とともに紹介しました(※2)が、動植物については主なものを展示するにとどめました。現状把握に向けた調査は、当初は不定期だったものの、三浦半島昆虫研究会と横須賀植物会の協力のもと2022年度から毎月一回開催するようになり、この春で調査開始から4年度目に入ります。昆虫については、最初の2年間分をまとめた結果をこの春に公表することができました(※3)。調査結果によると、同園では約160種の昆虫が確認されました。これは横須賀・三浦半島において決して多い種数とは言えませんし、トンボなど水生昆虫がほとんど記録されないという、公園の全体的な印象を反映する結果でもありました。一方で、湿地を好むハネナガイナゴというバッタ(図4)が記録されたことから局所的に湿り気の多い場所があること、分布を東へ拡大している外来種ムネアカオオクロテントウ(図5)が三浦半島内では比較的早い時期に確認できたことから地域に侵入する種をいち早く察知できる場所でもあること、など同園の特徴も明らかになりました。

 

図3:2021年4月~6月に開催した企画展示「中央公園ものがたり」.

 

図4:ハネナガイナゴ.
かつてはコバネイナゴとともに水田周辺を中心に多く生息していたが,農薬の使用とともに激減,再び増えてきたもののコバネイナゴに比べ局所的.内舩 (2024) より引用.

 

図5:ムネアカオオクロテントウ.
マルカメムシの幼虫を捕食する外来種で,神奈川県内では2015年以降分布を東へ広げている.内舩 (2024) より引用.

 

 平和中央公園はリニューアルを機に、東京湾要塞の一つであった米ヶ濱砲台跡の一部が見学できるよう整備されました。リニューアルによって新しくなった植栽エリアの植物は元気よく育ち、自然の変化を実感させてくれます。今後もこうした調査を継続しながら,昆虫だけにとどまらない「博物館の内外の学び」を意識した展示づくりを考えたいと思います。(昆虫担当:内舩)

 

※1 広報よこすか 第169号 (昭和39年1月1日).
※2 内舩俊樹 2022. 公園を「展示」する―隣接する公園と博物館とを接続する試み―. 全科協ニュース, 52(4): 11.
※3 内舩俊樹 2024. 横須賀市平和中央公園における昆虫等調査(予報). 横須賀市博研報 (自然), (71): 13–20.

 

 

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