吉井貝塚から出土した糞石

2026.06.02

 考古学の資料というと、土器や石器、土偶や埴輪などを思い浮かべる方が多いかもしれません。しかし、過去の人々の暮らしを知る手がかりは、意外なものにも残されています。今回紹介する「糞石(ふんせき)」も、その一例です。

 糞石とは、人間や動物の排泄物である糞が長い年月を経て化石化したもので、コプロライト(coprolite)とも呼ばれています。一見すると土の塊にも見えますが、実は過去の生活を知る重要な手がかりになる可能性を持った資料なのです。

 横須賀市の吉井貝塚からも縄文時代の糞石が15点出土しており、このうち9点は縄文時代早期(約8,000年前)に属し、考古学資料としては国内でも最古級の資料です。吉井貝塚の糞石は、薄茶色から灰白色をしており、数センチほどの小さな破片から4㎝程度の細長い形をしたものまであります。また、割れ口を観察すると、小さな骨片のようなものも確認できます。

 

吉井貝塚出土の糞石(割れ口に骨片が確認できる)

 

 糞石は、どこの遺跡でも見つかるわけではありません。有機物が分解されにくい特殊な条件が必要であり、貝塚や低湿地遺跡など、保存状態の良い環境で比較的残りやすいことが知られています。また、糞石の内部には骨片のほか、花粉や寄生虫卵などが残されている場合もあり、それらを分析することで、当時の食や周辺環境を探る手がかりになると考えられています。

 今回確認した吉井貝塚出土の糞石のうち6点は、昭和35(1960)年度に行われた発掘調査時にすでに報告されていた資料でした。それらは資料に関する注記とともにビニール袋や、薄葉紙に包まれた状態でマヨネーズ瓶の中に保存されていました。これは、当時発掘調査・報告を担当した赤星直忠氏が、糞石を自然遺物として認識し、その価値を見出していたことを示しています。こうした資料が広く注目される以前の段階で保存されていたことも興味深く、研究の歴史を物語る資料ともいえます。

 

糞石が保存されていたマヨネーズ瓶と当時の注記

 

 ただし、現時点ではこの糞石の落とし主が誰であったのかは、まだ分かっていません。今後は、糞石内部の詳細な観察に加え、脂質分析や炭素・窒素安定同位体比分析なども行いながら、周辺環境や他の出土資料とあわせて検討することで、吉井貝塚を利用した人々の生活の実態に迫っていきたいと考えています。(考古学担当:萩野)

 

詳しくは下記の研究報告をご参照ください。

萩野はな・浪形早季子・白石哲也 2026「横須賀市吉井貝塚出土糞石の観察」『横須賀市博物館研究報告(人文科学)第70号』1-8頁