横須賀ゆかりの植物たち-その名に刻まれた日仏交流の記憶【学芸員自然と歴史のたより】

 いま,植物学者が主人公の連続テレビドラマの影響もあってか,植物学への関心が広がっているようにもみえます。

 横須賀は植物学ともゆかりの深い都市です。そして、植物学に加えて木材の工学的研究の先進地でもありました。横須賀製鉄所の医師サヴァティエは,日本に西洋の植物学を伝えた人物です。サヴァティエは,木材調査のかたわら,植物をあつめて研究しました。横須賀製鉄所(造船所)の付属学校である黌舎(こうしゃ)出身の佐波一郎ら,日本の植物学者もその研究に加わり,横須賀製鉄所での植物学研究はいっそう盛んになりました。サヴァティエらの研究成果は,いくつかの本としてまとめられ,日本の植物学研究に欠かせない参考書となりました。サヴァティエの植物学研究は,フランスの植物学者フランシェとの共著により,2巻からなる『日本植物目録』(Enumeratio Plantarum in Japonia Sponte Crescentium)として,明治8年(1875)と明治12年(1879)にフランスで刊行され,日本の植物学研究の教科書となりました。

 サヴァティエは,日本の植物学書をフランスに紹介する活動の一環として,日本の植物学書『花彙』(1765年)をフランス語に訳して『KWA-WI』として出版しました。フランス語版の表紙には,協力者として黌舎出身の佐波一郎の名がサヴァティエの上に記されています(AVEC L’AIDE DE M.SABA)。サヴァティエの温かい人柄が感じられる表紙です。 サヴァティエの義理堅い人物像のエピソードは他にもあります。『花彙』の著者である小野蘭山の孫とも交流し,新発見の植物の名に「小野」の名を刻んだのです(和名:ダンバイヅル,学名:Veronica onoei Franch. et Sav.)。

フランスで刊行された日本の植物学書『花彙』

横須賀製鉄所のサヴァティエと佐波一郎が翻訳し表紙に名が記されている

 

 また,サヴァティエは,新発見の植物に横須賀の地名や横須賀製鉄所にゆかりの人物にちなんだ学名をつけました。以下にいくつか抜粋してご紹介します。

 

(1)横須賀の名をもつ植物
■横須賀の名をもつ植物1 「ヘビノネゴザ」(学名にヨコスケンセ)
学名:Athyrium yokoscense (Franch. et Sav.) Christ,和名:ヘビノネコザ
■横須賀の名をもつ植物2 「イヌイ」(学名にヨコスケンシス)
学名:Juncus yokoscensis (Fran. et Sav.) Satake,和名:イヌイ
このほか,現在,有効ではないものの,横須賀の名をもっていた植物に,「マツバイ」、「ハマハタザオ」もあります。

 

(2)横須賀製鉄所ゆかりの人の名をもつ植物
■最愛の人「ルシ-(Lucie)夫人」の名をもつバラ
学名:Rosa luciae Rocherb. et Franch. ex Crep. ,和名:テリノイバラ
■ 横須賀製鉄所医師サヴァティエ(Savatier)の名をもつ植物
学名:Asarum savatieri Franch. ,和名:オトメアオイ
■ 横須賀製鉄所首長ヴェルニー(Verny)の名をもつ植物
学名:Vincetoxicum vernyi Franch. et Sav. ,和名:ミウラスズメノオゴケ
■ 横須賀製鉄所副首長ティボディエ(Thibaudier)の名をもつ希少な高山植物
学名:Viola thibaudieri Franch. et Sav. ,和名:タデスミレ
■ 富岡製糸場医師ヴィダル(Vidal)の名をもつ植物 -富岡製糸場との交流の証 -
学名:Lonicera vidalii Franch. et Sav. ,和名:オニヒョウタンボク
■ 横須賀製鉄所付属学校「黌舎」出身の佐波一郎の名をもつ植物(サヴァティエの植物学研究を支えた人物)
学名:Dryopteris sabaei Franch. et Sav. 和名:ミヤマイタチシダ

 

 植物学研究の世界にも人文科学的な要素もあり、また、横須賀が植物学研究史上でも重要な地であることが広く知られるようになることを願っています。(近代建築史担当:菊地)

 

 

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