約1年前になりますが、2022年3月に2006 年以来の更新となる『神奈川県レッドデータブック2022植物編』が発行されました。神奈川県内に生育する植物各種について、絶滅の危険度を評価し、リスト化されたものがまとめられています。各種の生態・生育状況・存続を脅かす原因等が記されており、地域の多様性保全に役立つ1冊です。自分も執筆を分担したほか、口絵に写真を数点提供しました。
本書に掲載されている植物の中には、三浦半島では身近な植物もあります。例えば、横須賀市の花「ハマオモト」も神奈川県では産地極限を理由に絶滅危惧ⅠB類に指定されています。今回の神奈川県のレッドリストの改定において、新たに「絶滅」と判定されたものは17ありました。いつの間にか数が減ったり、姿を消したりしてしまうことがあるかもしれません。
ハマオモト(上)ならびにハマボウ(下)(どちらも絶滅危惧ⅠB類)。海岸に自生します。三浦半島に普通にみられるように感じていても、神奈川県内では稀なものが多くあります。
一方、2006年時点で神奈川県では「絶滅」とされていたものが「再発見」された例もあります。そのひとつが「ハイネズ」です。ハイネズ(ヒノキ科)は、海岸の砂地に生育する雌雄異株の常緑低木です。横須賀市では1953年に野比海岸で、三浦市では1963年に毘沙門で採集された個体を最後に確認されていませんでした。2020年6月、県内外の植物を調べている市民の方から連絡を受け、横須賀市野比においてハイネズが生育していることを確認しました。三浦半島において57年ぶりの発見となりました。このハイネズは、独立行政法人国立病院機構久里浜医療センターの敷地内にある海岸林付近に生育していますが、当時は工事車両が出入りしており、遠方から見通せたため、発見に至りました。ハイネズ再発見の情報は2022年3月発行の神奈川県レッドリストに反映され、現在は絶滅危惧ⅠA類となっています。
工事が終了して落ち着いた2022年11月には生育環境調査を行いました。このハイネズはクロマツ林付近の砂丘に叢生しており、複数の枝に果実もみられました(雌雄の両株が存在していると考えられます)。海岸植物も多くみられ、造成された形跡はありませんでした。生育地の様子ならびに、過去に標本が採集された付近に存在していることから、改めてこのハイネズは移入ではなく自生であると判断しました。生育地は前述した施設の管理下にあるため、良好な生育環境が維持されています。今後、工事などで失われないように注意するとともに、種子の播種等による域外保全も検討しています。
ハイネズ
三浦半島では絶滅したとされていた「タキミシダ」も、2019年に31年ぶりに森戸川で再発見しています。三浦半島のタキミシダは、1988年に森戸川で確認されており、それも岩上で一株見出されただけでした。少なくとも2001年には岩の崩落によって消滅したとされていました。タキミシダの再発見は、森戸川でカエルの調査をしてた大学院生が、「あまり見ないシダ植物だ」とのことで、同定依頼のため博物館に持ちこんだことがきっかけです。その後、2019年2月に現地で個体数や生育状況の確認をし、標本を採集しました。100株以上の生育を確認することができたものの、分布の北限に近いためか、個体サイズは小さく、胞子がついた葉は見られませんでした。個体や生育環境の保全については今後検討する必要があります。現在、神奈川県内では、森戸川のほか小田原と丹沢において生育が確認されており、絶滅危惧ⅠB類に指定されています。
タキミシダ
過去の植物の記録は全て標本情報に基づいています。実物である標本は、当時の自然を伝える証拠となります。貴重な標本資料を後世に残し伝えていくことは、博物館の大きな役目です。また、絶滅とされていた種の再発見は、いずれも市民の方の協力なくしてはありませんでした。地域の自然を見つめる方々の存在とつながりながら、情報を蓄積していく博物館が機能してくことで、今後も新たな発見につながることが期待されます。
現在、博物館では企画展示「牧野富太郎が見つめた植物 -植物標本が語るもの-」を開催しております。4月からの朝ドラのモデルでもある牧野博士の神奈川県産の標本を多数展示しています。この機会にぜひご覧ください。(植物学担当:山本)
参考
『神奈川県レッドデータブック2022植物編』. 神奈川県環境農政局緑政部自然環境保全課・神奈川県立生命の星・地球博物館編. 神奈川県発行.2022年3月.
『31年振りに発見された三浦半島産タキミシダ』. 山本 薫・岩浪 創. 横須賀市博物館研究報告(自然科学)67号. 2020年3月.
『57年振りに発見された三浦半島産ハイネズJuniperus conferta Parl.(ヒノキ科)』.山本 薫. 横須賀市博物館研究報告(自然科学)70号. 2023年3月.
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