村を訪れる「浪人」たち【学芸員自然と歴史のたより】

 本号では、三浦半島の村々を徘徊し、金銭や止宿を求めた江戸時代後期の「浪人」(ろうにん)について紹介します。

 今回紹介する「浪人」とは、もちろん「受験や就職に不合格となり、再挑戦に備えている人」のことではありません。本号で紹介する「浪人」とは、簡単に言うならば「仕える主君のない武士」のことです。何らかの事情により脱藩した者や家を出た者たち等が浪人となりました。こうした浪人の中には、定住せずに流浪の旅に出て、村から村へと渡り歩き、金銭(合力銭)や止宿を求めながら生活する者もいました。

 一方、彼らを受け入れる村側では、金銭や食事・宿の提供に応じるなど寛容な対応をとっていました。このような対応の背景には、来訪者(浪人に限らず、漂泊の宗教者や芸能者など)が村に信仰や娯楽、情報などをもたらす役割を担う側面があったからともいわれています。こうして村から浪人たちへ提供された金銭は、村の費用として計上されました。よって三浦半島の村々においても、村の経費を記した帳簿である「村入用帳」等の記録をめくると、名前や素性などは一切不明ながら、たびたび「浪人」たちが訪れて、村から金銭の提供を受けていることが確認できます。しかし、次第に来訪者の数が増えると、村々にとって過度な経済的負担となりました。また、来訪者が威圧的・暴力的な態度をとる場合、もはや村の持つ寛容さだけで対応することはできませんでした。

 

安政4年(1857)5月23日、大田和村に浪人2名が訪れたことを記す記事

 

扇子を差し出して旅人に金銭をねだる浪人の様子[左側の人物]

(『東海道中膝栗毛』二編上(国立国会図書館所蔵))

 

 こうした来訪者の問題、特に「浪人」のうち悪質な者たちの存在は、19世紀に顕著となっており、三浦半島の村々においても対応に苦慮していたことが古文書に記されています。例えば、文化15年(1818)3月には、帯刀した「浪人体之者」(ろうにんていのもの)(=村人にとっては、そもそも本当に浪人なのかもわからない)が大勢で徒党を組んで徘徊するとともに、時に「悪口難題」を申しかけてくるため「難儀」に及び、三浦郡村々の代表が集まって対応を協議しています。その結果、(1)宿の提供を求めてきた際には浪人1人につき64文の止宿銭を取ること(合力銭の提供は浪人1人につき8文)、(2)「怪敷体ニ見請候者」(あやしきていにみうけそうろうもの)(=不審な者)はその場に留め置き、隣村の村役人と評議した上で領主の指示を仰ぐこと、(3)浪人の対応に掛かった経費は三浦郡の村々全体(「郡中」)で負担し、対応に当たった村が疲弊しないようにすること等を改めて確認しています。

 ところが、こうした村々の決め事も時間の経過とともに形骸化し、たびたび協議が重ねられたようです。例えば、前述の協議から約40年後の安政4年(1857)閏5月には、浪人を含む村への来訪者について、三浦郡村々の代表が集まって対応を協議しています。そこでは、「浪人など漂泊の者に対して、宿はもちろん、合力銭の提供を一切行わない」等との内容を記した杭を各村の村境に立てること等が決められました。その結果として例えば、同年9月11日、大田和村(現横須賀市太田和)の村境には、高さ8尺5寸(約2.6m)、四寸角の杭(「御取締之杭」)が二本立てられたことが記録に残されています。もちろん、これらの対応はいずれも一例に過ぎません。三浦半島の村々では、悪質な浪人たち(そもそも浪人なのかも怪しい正体不明の者たち)の来訪に対してたびたび対応を協議していますが、有効な手立てを見い出すことなく明治時代を迎えることになります。

 幕末に日本を訪れたフランス海軍士官・エドゥアルド・スエンソン(1842-1921)は、「浪人」について「おとなしい日本人庶民はローニン(浪人)と聞いただけで震え上がり、母親たちはその名を使って泣く子を黙らせている」(長島要一訳『江戸幕末滞在記』)と記しています。得体の知れない徘徊者たちが不意に村を訪れ、時に威圧的・暴力的態度で金銭や止宿を要求してくる不安や恐怖は現代を生きる我々には計り知れないものがあったのではないでしょうか。一方で、村々が浪人たちの来訪を記録したことで、結果的に漂泊に生きた人々の軌跡がわずかながらも後世に残されることとなりました。(文献史学担当 藤井)

 

・参考文献:川田純之『徘徊する浪人たち-近世下野の浪人社会-』(随想舎、2020年)

 

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