失われたのは…【学芸員自然と歴史のたより】

 すっかり秋になり、あんなに暑くて嫌だった夏が恋しくなります。ひと夏の思い出というほどでもありませんが、毎年夏に博物館となりの文化会館を見ると思い出すことがあります。30年前の1992年夏、岩手県内の小学校1年生だった私は学校近くの市民会館に、友達のコウシ君と一緒にある映画を観に行きました。その映画は『ドラえもん のび太と雲の王国』(公開日は3月7日のようですが、田舎の市民会館では少し遅れて上映したのでしょうか?)。ドラえもんたちが雲の上に理想の王国を創るのですが、すでに天上人たちの国が存在していて彼らは地上人の環境破壊などに怒り、ノアの箱舟の如く、大雨を降らせて地上の文明を破壊しようと計画していたのです。武田鉄矢さんが歌う主題歌もさることながら、何といってもドラえもんが自らの命を犠牲にして天上人ひいては私たち地上人を助けたクライマックスが印象的な映画です。

 映画を観終わったあとコウシ君とクライマックスの衝撃について語り合ったのを今でも覚えています。小学校1年生の私とコウシ君にはそのクライマックスが「環境破壊や核兵器の拡散が続けばドラえもんがやってきた22世紀の明るい未来は私たちに訪れない」という強烈なメッセージであることまでは理解できませんでした。しかし、小学生ながら環境問題に関心を持つきっかけとなりました。

 ちょうど1992年は、ブラジルのリオ・デ・ジャネイロで開催された「地球サミット」で「環境と開発に関するリオ宣言」が採択された年です。世間でも環境問題への関心が高まり、民俗学でも研究テーマとして「環境」が見出されたころです。雄山閣出版から出た『講座 日本の民俗学』シリーズの第4巻は『環境の民俗』(1996年出版)で、叢書の巻名に「環境」の語が入ったのは、民俗学ではこれが最初です。ただし、民俗学で指し示す「環境」とは、里山や里海などの人間が手を加えた自然環境のことで、やはり人文科学の主体は人間です。現在開催中の特別展示「黒潮のめぐみ」では自然科学を中心に黒潮のめぐみを説明していますが、漁業や信仰などの部分では民俗学の視点からも説明しています。この特別展示では、2000年頃と2022年の天神島の海中景観を比較して、海藻が減少している磯焼けの様子も展示しています。原因は地球温暖化による海水温の上昇をはじめ様々なことが挙げられています(詳しくは特別展示をご覧ください)。漁師さんに話を聞くと「年々、魚がいなくなっているよ」という言葉が出てきます。三浦半島では、磯焼けの原因の一つとされるムラサキウニを駆除・堆肥化する試みや海藻の代わりに三浦市特産のキャベツを与えて短期間のうちに養殖し美味しい「キャベツウニ」として売り出す試みもはじまっています。しかし、まだ大規模に行われていないため、現状は決定的な解決策ではないようです。

 この特別展示をとおして、「黒潮の恵み」を知っていただくのはもちろん、現在の横須賀の海も知っていただければと思っています。そして、磯焼けなどの海の変化は横須賀だけに起きているのではありません。特別展示では三浦半島のアマ漁道具も展示していますが、今年は様々な機会を得て、長崎県や福岡県、三重県の海女・海士さんにお話を聞くことができました。口々に昔よりも海の中がさみしくなったと語ります。海に生きる人々にとって、海の幸は生活の糧であり、アイデンティティの一部でもあります。近年盛んに叫ばれているSDGsは、1992年の「環境と開発に関するリオ宣言」を発展させたものです。その根幹は、自然環境や誰かを犠牲にして成り立つ社会からの脱却です。自らの命を犠牲にしたドラえもんという存在を介することで環境問題を意識するようになった私とコウシ君のように、磯焼けに悩まされている漁師さんや海女・海士さんに少しでも気持ちを向けていただき、あらためて海のめぐみに気づいていただけたら幸いです。(民俗学担当:瀬川)

 

特別展示「黒潮のめぐみ」,変わりゆく横須賀の海中世界

 
 
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