横須賀製鉄所の指導者ヴェルニーとティボディエってどういう関係?【学芸員自然と歴史のたより】

■よこすか近代遺産ミュージアム ティボディエ邸

5月29日、ヴェルニー公園内に新たに「よこすか近代遺産ミュージアム ティボディエ邸」がオープンしました。

これにあわせて、当館で開催中のトピックス展示「湊町・ヴェルニー公園の歴史と遺産」にティボディエ関連の展示を加えました。ティボディエさんの家に関する建築史の解説パネルや当時の建築部材の一部も展示しています。このトピックス展示は8月31日まで会期を延長して開催します。

5月29日にオープンした施設の名称ともなっている「ティボディエ」とその施設が立地する公園名に含まれる「ヴェルニー」とは、いずれも人名となります。しかも、2人ともフランス人。今回は、この2人の人物像と意外な関係を簡単にご紹介したいと思います。

■ヴェルニー

まずは、ヴェルニー(François Léonce Verny)から簡単にご紹介します。ヴェルニーは、1865年に起工した横須賀製鉄所の首長を務めた人物です。フランスで最高水準の教育を受けて、中国の寧波(ニンポー)での造船所建設を経て来日しました。来日して早速、横須賀製鉄所の全体計画を作成して、工事と運営を指導するととともに、機械の購入やフランス人の雇用の任務を行うために渡仏し、1866年に再来日します。

横須賀製鉄所では、日本人技術者の育成を最も重視して付属学校を設立するなど、日本の近代化に大きく貢献しました。JR横須賀駅近くのヴェルニー公園、ヴェルニー記念館の名称は、いずれも彼の名前に由来するものです。横須賀ではマリー夫人(Marie Brenier de Montmorand)と共に過ごし、日本で3人、フランスで2人の子が生まれました。

■ティボディエ

続いてティボディエ(Thibaudier,Jules César Claude)について簡単に紹介します。ティボディエは、1869年に横須賀製鉄所副首長として来日し、首長ヴェルニー帰国後も1877年まで請われて在籍しました。横須賀製鉄所(造船所)では、造船分野や付属学校での日本人の高等教育などで活躍しました。

出身校については、ヴェルニーと同様に、フランス最高水準のエリート校「エコール・ポリテクニック」(理工科学校(Ecole Polytechnique))を経て、同校の優秀成績者クラスが選抜で入学が許される難関のシェルブールの造船学校を成績1位(首席)で卒業しました。彼の母校の「エコール・ポリテクニック」を訪れて彼の成績などを調査したこともありますが、同校のスタッフも「優秀な成績です」と語っていました。この学校は、フランスはおろか世界でもトップクラスの学校として知られており、ティボディエの優秀さがうかがわれます。

やはり、勤勉な努力家であり、横須賀でも勉強を続け、帰国直後の1877年には、パリでナタリー(Natalie Brenier de Montmorand)と結婚するとともに、海軍の艦船設計等に携わって昇進を重ね、フランス海軍の技術者としてトップの要職を歴任し(Directeur du Génie Maritime,Directeur central des Constructions Navales, Ingénieur Général de la Marineほか)、1918年11月18日にパリでその生涯を閉じました。ティボディエの造船技術者としての学歴、経歴、地位はフランス本国においても最高水準であったことは明らかであり、このような高い素質を備えた人物が横須賀製鉄所に来日していた点は注目されます。

■ヴェルニーとティボディエの関係

2人の関係性については、まず、横須賀製鉄所で同僚だったフランス人という共通点があります。そして、高等教育機関以降の出身校が同じで、ヴェルニーが先輩にあたるという接点があります。

注目すべきは2人の奥さん。ヴェルニー夫人はMarie Brenier de Montmorand、ティボディエ夫人はNatalie Brenier de Montmorand。なんだか名前が似ていますね。そう、名字が同じで2人は実の姉妹です。すなわち、ヴェルニーとティボディエは、ティボディエが結婚した1877年に兄弟にとなりました。ヴェルニーとティボディエの2人の子孫同士の交流は現在に受け継がれています。

(建築史学担当:菊地勝広)

【関連サイト】
よこすか近代遺産ミュージアム ティボディエ邸

 

 

■ ティボディエが住んでいた横須賀製鉄所副首長官舎(明治2・3年ごろ竣工)

日本建築学会からも国内第1級の歴史的価値を有するという見解が示された重要な歴史的建造物。

 

■ 石積みの布基礎(2003年12月5日撮影、横須賀製鉄所副首長ティボディエ官舎)

 

■ 当初の煉瓦壁(2003年10月1日撮影、横須賀製鉄所副首長ティボディエ官舎)

 

■ 「ヨコスカ製銕所」銘の赤れんが

 横須賀製鉄所副首長ティボディエ官舎にも使われていた横須賀製鉄所製の赤れんが。

 

 

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